えほんのいずみ

絵本「新装版 雲のてんらん会」のあらすじや随想

 この絵本について―空との対話を深める

作・絵:いせ ひでこ

出版社:講談社

発売日:2004年5月29日

定価1,760円(本体1,600円)

 はじめに


   画家伊勢英子さんは、『マキちゃんのえにっき』(平凡社)『むぎわらぼうし』(作

   者は竹下文子、講談社)『水仙月の四日』(作者は宮沢賢治、偕成社)『ルリユール

   おじさん』(講談社)などで、数々の賞を受賞。

   その他の作品としては『1000の風 1000のチェロ』(偕成社)、『にいさん』

   (偕成社)、『大きな木のような人』(講談社)、『チェロの木』(偕成社)などの

   創作絵本、さし絵の絵本やエッセイも数多くあります。

   
   
 あらすじと随想


   本書は、空と雲の織りなす美しい画集のような絵本です。
 
   空のキャンバスには、毎日一瞬たりとも同じ絵が描かれることはありません。

   いせさんは、折々の空の景色と心もようとが重なり合う瞬間を切りとり、この絵本を

   「空との交信日記」のように仕上げました。


   

   詩的な文と共に、朝焼けの空のカーテンが開くと、雲のてんらん会が始まります。

   この絵本を読むたびに、そんなにも大空が豊かな物語をたたえていることに胸がワク

   ワクし、心が潤います。


   

   作品を彩る青色の力にも目をみはります。

   元来、色には波動があり、私たち自身の意識にも波動があるため、気分を変えるのに

   役立つそうです。

   色彩心理学では、青は、空間を広く時間を長く感じさせる色。

   激した心を落ち着かせ、集中を促す傾向を持っているといわれます。

                                               
   

   現実の空は、見る人の心もようを投影することが多いものですが、特に本書では、雲

   が現実よりもはるかに光と色彩にあふれています。

   その謎は、いせさんのエッセイ集『七つめの絵の具』(平凡社)の「再生」に添えら

   れた詩から読み解けそうです。

          
   

     空があんなに青いのは

     たくさんの悲しみを吸いこんでいるから

     雲がそれを食べ

     ふくらませ

     昇華して

     青い光に還元していく

     だから

     雲は

     同じ形だったことはなく

     同じところにとどまることもなく

     永久に

     悲しみを咀嚼そしゃくして

     そのために

     まぶしい光をいっぱいたたえている


   

   いせさんが初めて幾度となく空との対話を繰り返したのは、5歳の夏のこと。

   大好きなお父さんが結核を患って、サナトリウムに入院してしまった時でした。

   お父さん子だったいせさんが、突然お父さんを見失った不安と悲しみは深く、朝夕に

   「お父さんに会いたい!」と泣きじゃくるのが日課だったそうです。


   

   ところで、表紙の空の牧場の中、羊たちに混じった一匹の犬は、いせさんが愛してや

   まなかった愛犬グレイでしょう。

   次々に大きな病と闘ったグレイが空へ旅立った日、善福寺川の上にしっぽのように

   真っ白な卷雲けんうんが走り抜けていったといいます。

   いせさんは扉絵に「あの子はかけていった。雲のしっぽにつかまって。気がつくと、

   いつも空を見ている」と文を添えて、哀しいほど美しい巻雲を描きました。


   

   いせさんの絵の額装を一手に引き受けていた大切な伴走者Мさんも、今は空の住人に

   なりました。空のМさんに、いせさんは問いかけます。今も、雲のてんらん会の額装

   で忙しいですかと。


   

   人は大切な人や動物を天へ見送った時、空を眺めてはグリーフワークをすることがあ

   ります。いせさんの詩のとおり、悲しみを空に吸い込んでもらうのです。

   大切な存在とこの地上で会えなくなるのはこのうえなく辛いことですが、居場所がわ

   かっていれば少し安心できます。その居場所で大切な人や動物が幸せにしていること

   がわかれば、いっそう安心です。


   
 随想とまとめ


   本書に、言い尽くせぬ味わいを覚えるのは、雲たちがあふれるほど光をたたえ、豊か

   な表情をしているので、思わず雲の物語に耳を傾けてしまうからかもしれません。

   それだけでなく、画面の大空に心を開き、雲と対話してしまうせいもあるでしょう。


                    

   空を見ると、心が慰められたり気持ちが晴れ晴れしたりするのは、そこが、神さまの

   限りない光に満ちた場所だからでしょう。

   この絵本を読むと、空との対話が今までよりもっと深く、楽しくなる気がします。

   外は雨でも、本書で雲の輝きが見られるのはうれしいです。


   
   

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