
犬のバムとカエルのケロちゃんは、仲良く一緒に暮らしていました。
さて、鼻が凍りそうに寒い冬の火曜日の朝のこと。バムとケロが朝食後に裏の池へ出か
けてみると、凍てついた池には、氷に閉ざされたあひるの「かいちゃん」がいました。
そこで二人は氷を切ってあひるを助け出し、家に連れ帰ったのです。
そして、バスタブにお湯を張り、かいちゃんを温めてあげました。その後、もちろん
バムとケロもあったかい湯舟に飛び込み、三人共、元気を取り戻しました。
ところが、ほっと一息ついたケロがお風呂の中でおならをしたのです。すると、みん
なは「くさい、くさい!」と湯舟から飛び出しました。
お風呂から出ると、ケロはかいちゃんと仲良くなりたくて、かいちゃんにベッタリ。
おもちゃを全部出して見せてあげたり、何とトイレットペーパーを体や家財道具に巻
き、ミイラごっこをして遊びました。バムは、二人の遊びっぷりにあきれながら、め
ちゃくちゃに散らかった部屋の後かたづけをしました。
しかし、翌朝、「おせわになりました」という書き置きを残して、かいちゃんがいな
くなってしまったのです。
ケロは、せっかく今日も一緒に遊ぼうと思ったのに!と、ショックで大泣きしまし
た。でも、その後、バムとケロが裏の池へ行ってみると・・・。
この絵本は、凍えたあひるのかいちゃんをバムとケロが助けだす心温まるストーリィ
です。お風呂の癒しとリラックス効果が楽しく描かれています。そのリラックスの果
てに、ケロがおならをしてしまうというユーモラスな場面が絶妙ですね。
ケロの度を越したやりたい放題の行動に、読者の子どもたちは何度もゲラゲラと、
笑いを誘われます。子どもたち自身の内にある気づかない無意識的欲求をケロが果た
してくれるからではないでしょうか。
フロイトの心理学によれば、人間の深層心理の領域には「イド」というエネルギーに
満ちた本能的な欲求があるようです。それを「~すべき」という理想の状態にしよう
と考えるのが「超自我」であり、現実に合わせてイドと超自我を調整しようとするの
が「自我」です。
幼児の場合、まだ超自我的思考が明確ではないので、身体欲求や深層心理、つまり幼
児のままの「イド」が表れる場合が多いようです。ケロが執拗におこなった、家の
中のあらゆるものをトイレットペーパーで巻いてしまう、際限のないミイラ遊びなど
も、その欲求の実現かもしれません。それを誰にも咎められずに、遊びとして行える
解放感や楽しさを、読者の子どもたちはこの絵本で追体験できるでしょう。
そのように心理学的な観点からも、ケロの行動は幼児の自然な欲求や解放感を象徴する
ものですし、子どもたちが自己表現や自由な遊びを通して安心感を得ることができま
す。さらに、あひるのかいちゃんの短いお礼の手紙や、バムの穏やかな対応は、子ど
も読者にとって、人への信頼感と安心感を育む要素になるでしょう。
親子で読むと、親も子も温かい気持ちになれると思います。
私事ですが、実は我が家にも、どことなくケロちゃんに似た、認知症要介護1の身内
がいます。子ども返りしてしまっているようなまったくのマイペースなため、家族は
時々、困惑の渦に巻き込まれます。
当ブログ158『ねずみたちと音楽会』でも、認知症の方たちの個性豊かな絵本の感想を
ご紹介していますが、ひとくちに認知症といっても、お一人ひとり違うことを実感し
ます。
しかしこの絵本でバムの穏やかな寛容さを見ていると、私のガミガミサポートさえ
「心配しなくても、だいじょうぶだから」と、温かく励まされる気がします。ゆ
とりあるバムに接すると、不安が静まり、すべては最善に成ると思えて心の安寧が得
られます。