①元祖「アンパンマン」(『十二の真珠』所収)は、どんなヒ― ローだった
のか?
元祖「アンパンマン」は、空とぶ人間でした。ひもじい子どもや助けを求めている
人たちに、用意してきたおいしいあんパンを届けに行く、かなり太ったヒーロー
だったのです。
人間なので、顔は、あんパンでできているわけではありません。
また、作中では、飢えを知らない子どもたちが、あんパンをあまり喜ばず、「ソフ
トクリームの方がいい。キャンディ―は、ないの?」などと言います。
しかもアンパンマンは許可なく国境を越えたために、結末で、撃ち落されてしまう
のです。
しかし、物語は次のような詩で閉じられています。
それゆけアンパンマン
ころされたって死ぬものか
おなかをすかして泣いている
ひもじい子どもの友だちだ
正義の味方アンパンマン
②二作目の「飛べ!アンパンマン」(『やなせメルヘン アリスのさくらんぼ』1973
年サンリオ刊所収)は、どんなヒーローだったのか?
「ぼく」は子ども時代、古井戸に落ちて死にそうになり、アンパンマンに助けられまし
た。アンパンマンは、空腹の「ぼく」のところまで飛んで来て、あんパンでで
きている自分の丸い顔をかじるようにと、勧めてくれたのです。本当にかじったら
悪いなと心配しましたが、食べてみたらとても美味しいパンでした。その後、彼は、
役に立てて良かったという笑顔で、「ぼく」を地上まで運んでくれました。そして、
別れぎわに、「おなかがすいている時は、いつでもおれを呼んでくれよ」と言って、
半分欠けた顔でヨタヨタと空を飛んでいったのです。
次にアンパンマンに会ったのは、ある冬、粉雪の舞う日でした。なんと林の中に、
顔のないアンパンマンが倒れていたのです。
驚いている「ぼく」に、彼は、”できたてのあんパンを買ってきて、おれの首に付
けてほしい”とヘソ話術で頼みました。
そこで「ぼく」が、できたてホヤホヤのあんパンを顔に付けてあげると、アンパン
マンは元気を取り戻しました。
そして言ったのです。“ありがとう。今度はおれの方が助けてもらったね。おなか
のすいた子どもたちに、この顔のあんパンを食べさせてあげるのが、おれの仕事な
んだ!そのためには、何度でも死ぬ。でも、そのために生きているのだから、こん
なに楽しい仕事はないよ”と。
「ぼく」は大人になって、売れない漫画家になりました。でも、今も熱烈なアンパ
ンマンのファンであることに変わりはないので、“たとえだれが何といっても、こ
れからもずっと君の物語を書き続けるよ”と彼に伝えたいと思います。
こうして、アンパンマンは飢えに苦しむ人のそばへ飛んで行き、あんパンの自分の
顔を食べさせて、元気にしてあげるのが、使命になりました。
そのような自己犠牲的な愛と、顔が欠けたら彼自身の命はなくなるという、二律背
反的な性質を併せ持つアンパンマン。そうした愛の物語のベースは、この作品から
始まるのではないでしょうか。
③絵本になったアンパンマン『やなせたかしのあんぱんまん1973』(フレーベル館)
初めて絵本化されたのは、『やなせたかしのあんぱんまん あんぱんまん1973 』
です。
この作品は、最初、フレーベル館から「キンダーおはなしのえほん 10月号」と
して出版されました。すでにご紹介した元祖「アンパンマン」や「飛べ!アンパン
マン」は絵童話集の一作品でした。しかし幼児対象のこの絵本『あんぱんまん』は、
大人気になり、ボロボロになるまで、子どもたちに何度も読み返されていったので
す。そこで『やなせたかしのあんぱんまん 1973』が、新刊絵本として出版されま
した。
〇絵本「あんぱんまん」のあらすじと随想
ストーリィは、多くの皆さまがご存じでしょう。
広い砂漠のまん中に、空腹で死にそうになっている旅人がいました。
その時、西の空から大きな鳥のような人が近づいてきたのです。その不思議な人は
“さあ、ぼくの顔を たべなさい”言いました。
旅人が“そんなおそろしいことはできない”と答えると、“ぼくは、あんぱんまん
だ。おなかのすいた人を助けたい。ぼくの顔はとびきりおいしい!さあ、早く!”と
せかしました。
そこで旅人は“ごめんなさい、では、ちょっとだけ”と、あんぱんまんの頭をかじ
ると、そのおいしさと言ったら、ありません!すぐに、半分食べて、元気になりまし
た。
「ありがとう。あんぱんまん。おかげでたすかりました」
あんぱんまんは、半欠けの顔で元気に飛び立ち、さらに森で迷子になり泣いている男
の子のところへ行きました。そして、何と残りの顔半分を全部食べさせて上げ、その
子を背中に乗せて家まで送り届けたのです。
さて、顔のなくなったあんぱんまんは、どうなったのでしょうか。
その時、激しい雷雨が降り、彼は大きな煙突の中へ墜落してしまいました。
あんぱんまんは死んだのでしょうか。
いえいえ、大丈夫でした。そこはパン工場の中だったのです。パンつくりの名人のお
じさんは、顔のないあんぱんまんに“よしよし、また新しい顔を作ってあげるよ”
と、にこにこしながら、前よりもっとふっくらと大きくて、おいしいあんこのいっぱ
い詰まった顔を作ってくれました。
“それじゃあ、また、おなかのすいた人を助けに行ってきます”
“がんばらなくっちゃ、あんぱんまん!”
おじさんは、大きな声であんぱんまんを応援しました。
〇アンパンマンが、幼児に大人気の理由を考える
さて、絵本『アンパンマン』シリーズ(フレーベル館)で、やなせさんが書き下ろ
した作品は、 約200冊あるといわれます。
アンパンマン絵本は、1歳半位から5歳位の子どもたちに人気があります。
その理由はいくつもあるでしょう。親しみやすい主人公の、赤くて丸い顔と鼻と
ほっぺ。「アンパンマン」というシンプルで、発音しやすい名前。何より子ども
たちにとって身近な理由は、顔がパンでできていることです。
その顔パンを空腹な人、困っている人に惜しみなく上げて、彼らを助ける正義の
ヒーローなのです。しかも、自己犠牲の末、顔無しになり、命が消えそうにな
る瀬戸際で、復活できるかどうかのハラハラ感もあります。
ですから、アンパンマンが新しいパンの顔を得るチャンスをつかんだ時の、小さ
な読者たちの安心感は図り知れません。
そうした要素が相まって、子どもたちはアンパンマンに夢中になるのでしょう。
1988年10月3日に「それいけ!アンパンマン」のTVアニメが始まってからは、さら
に圧倒的な人気のヒーローとなりました。
絵本一作目の『あんぱんまん』に登場するパン作りの名人には、まだ「ジャムおじ
さん」という呼称は使われていません。絵本で「ジャムおじさん」と呼ばれるのは、
『それいけ!アンパンマン』(1975年初版フレーベル館刊)からです。
〇「アンパンマン」に込められたメッセージについて
やなせメルヘンでは、「アンパンマン」は永久不滅のヒーローです。
絵本「あんぱんまん」の1973年初版「あとがき」にも、次のように書かれていま
す。”ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではない
し、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身
の心なくしては正義は行えませんし、また私たちが現在、ほんとうに困っている
ことといえば物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのために
こそ、たたかわなければならないのです”と。
やなせさんは、戦争中に従軍し、飢えの苦しさや悲惨さを体験しました。
ですから、おなかのすいた人に、一枚のパンを上げる正義は普遍的な真理とな
り、やなせ哲学の柱となったのでしょう。
それだけに、「アンパンマン」は、やなせメルヘンにおいて自己犠牲と正義の
象徴といえるのかもしれません。