えほんのいずみ

絵本「クレーの絵本」のあらすじや随想

 この絵本について―クレーの絵と谷川俊太郎の詩の
           コラボレーションがすばらしい!
                                                                 
      
絵:パウル・クレー Paul Klee
       
詩:谷川俊太郎
 
出版社:講談社 
   
                
発売日:1995年 10月
    
定価:1760 円

          
 はじめに


   クレーの絵が、このような絵本の世界で見られることはうれしくて感動的です。

   それは、子どもから大人まで身近で楽しめるうえ、さらに、谷川さんの詩とのコラ

   ボが、言葉と絵の織り成す二重奏のように、深みのあるイメージの世界を生み出し

   てくれるからです。

   

   詩人谷川俊太郎さんは、昨年、92歳で天へと旅立たれました。

   今まで私は心沈む時にも、谷川さんの詩を通して、新たな平安の視点をいただく機

   会がたくさんありました。

   ですから、今後、谷川さんの新しい詩を読めないのは、心が凍えるほど寂しいです

   が、遺作の詩が今までどおり心を耕してくれることは、やはりありがたいです。

   パウル・クレーの作品にも同様のことがいえるでしょう。

   クレーは1940年に亡くなりましたが、そのすばらしい作品は今も、このように絵本の

   中で、豊かな優しさと潤いを私たちに届けてくれるのですから。

   
 この絵本のあらすじと随想


   あらすじと言っても、この絵本には、結末へ向かう一連のストーリィがあるわけで

   は、ありません。

   掲載された40作以上のクレーの絵はそれぞれ独立していますし、谷川さんの詩に詠わ

   れる作品もあれば、谷川さんの詩を伴わない画面もあります。
   
   今回は、本書に掲載された作品から2作を取り上げてご紹介しましょう。
  
 
   
     
   
   

 随想とまとめ


   〇表紙絵の「黄金の魚」について

   

   この作品は、本書37に掲載されている美しい色彩の絵です。 

   この絵に寄せて、谷川さんは、次のような詩を書いています。
                               
    「 黄金の魚 」 谷川俊太郎 詩
 
   おおきなさかなはおおきなくちで 

   ちゅうくらいのさかなをたべ

   ちゅうくらいのさかなは

   ちいさなさかなをたべ

   ちいさなさかなは

   もっとちいさな
   
   さかなをたべ

   いのちはいのちをいけにえとして

   ひかりかがやく

   しあわせはふしあわせをやしないとして 

   はなひらく

   どんなよろこびのふかいうみにも

   ひとつぶのなみだが

   とけていないということはない
  
   
 
   絵を見てこの詩を読むと、真理が心にジーンとしみ渡ります。
 
   弱肉強食の生命の現実が昇華され、新しい真実の視点をもたらしてくれるからでしょ

   う。 
 
   谷川さんは、クレーの「黄金の魚」の絵を見て、大きな素晴らしい黄金の魚の命は、
 
   ちゅうくらいの魚や小さい魚の命をいけにえとして輝き、彼らに支えられていること  

   を解き明かします。だから美しく大きな黄金の魚を生かす深い海には、黄金の魚にい  

   のちを与えた、ちゅうくらいの魚やちいさな魚の涙が、少なくともひとつぶは溶けて  

   いるというのでしょう。 

   しあわせが花開く蔭には、それを支える小さな存在があり、ふしあわせや悲しみもあ 

   るのだという、俯瞰的なまなざしに気づかされます。そうした摂理がわかりやすく鮮

   やかに詠われています。

   そこに、絵と詩がコラボする多元的な意義もあるのではないでしょうか。 

   弱くて小さいものが、実は大きな存在のしあわせを支えているという真実を、新たに

   垣間見られるのは、「黄金の魚」という大きな価値ある存在からの発想だからかもし

   れません。

  

   しかし、ここで思い出すのは、詩画作家星野富弘さんが、「れんぎょう」の花の絵に 
   
   添えて書いた詩です。(花の詩画集ベストセレクション『ただ一つのものを持って』 
   
   所収 偕成社)
   
  

    
   わたしは傷を
    
     持っている

   でも 

    その傷の

     ところから

   あなたの

    やさしさが

     しみてくる

   

   日頃、人に見せたくない自分の「傷」を通して、他者の冷たさがしみるように思える

   ことは意外とあるかもしれません。しかし、逆に「傷」を通して、人の思いやりや優

   しさに気づくこともあります。それは小さいより大きな方が良い、弱いより強い方が
   
   良いという価値観に囚われていたら気づけない真実でしょう。 
   
   しかし、苦しみつつも、ふと自分の傷や弱さを自分で受け容れる時というのは、その
 
   弱さを助け、支えてくれる他者の優しさを感じる時でもあるのではないでしょうか。

   自分だけではとても抱えきれそうにもなかった傷が、人とのかかわりにおいて逆に心
   
   を開く鍵になる時、試練を乗り超える力も与えられる気がします。 

   谷川さんの詩も星野さんの詩も、小ささや傷が、意味ある大切なものであると見直す

   視点を持っています。いのち輝かせるものでもあることに気づかせてくれます。弱さ
   
   や傷が自分にとって欠点ではなく、大切な自分の一部だと受け容れたとき、初めて見
   
   える真実に励まされる思いがします。
 
   

   〇扉絵の「わすれっぽい天使」

   

   
   クレーの絵には、多くの作品に豊かな色彩があります。 

   しかし、晩年のクレーは皮膚硬化症という難病にかかり、十分に手が動かせない状況

   に見舞われ、その病によって亡くなったといいます。ですからこの絵のように、さな  

   がら一筆書きのような作品を仕上げるのが精いっぱいだったのではないでしょうか。 

   けれど、死が訪れるまでクレーは創作の手を休めなかったそうです。 

   この作品は、本書の扉絵に掲載されているので、谷川さんの詩は添えられていませ  

   んが、詩画集『クレーの天使』(講談社刊)には谷川さんの詩が掲載されています。  

   そして、絵というものが単に手から生まれるものではないことが、この絵からも証明

   されます。すなわち画家のイマジネーションが創作の源になり、画家が手やその他の  

   体の部位で筆記具を動かし、絵が仕上げられていくのです。それは、星野富弘さんが

   教員時代に事故に遭って手足の自由を奪われ、筆を口にくわえて、文と絵の詩画の  

   作品を創作し続けた例からもいえるでしょう。

   

    「忘れっぽい天使」 谷川俊太郎 詩

   くりかえすこと

   くりかえしくりかえすこと

   そこにあらわれてくるものにささえられ

   きえさっていくものにいらだって

   いきていた

   

   わすれっぽいてんしがともだち

   かれはほほえみながらうらぎり

   

   すぐそよかぜにまぎれてしまううたで

   なぐさめる

   

   ああ そうだったのかと

   すべてがふにおちて

   しんでゆくことができるだろうか

   

   さわやかなあきらめのうちに

   あるはれたあさ

   ありたちはきぜわしくゆききし

   かなたのうみでいるかどもははねまわる 

   

   「忘れっぽい天使」の顔と手の表情には、谷川さんの詩のように、何ともいえない哀

   愁が感じられます。天使なのにほほえみながら人を裏切り、そよかぜにまぎれるほど

   かすかな歌で慰めてくれるイメージがあります。なぜなら彼は神ではないので、思い

   出に支えられたり、消えていく記憶に苛立ったりしながら、刹那的なこの世を生きて

   いるからではないでしょうか。

   鑑賞者は「忘れっぽい天使」のイメージを谷川さんの詩から読み取ることにより、そ

   れぞれ自分なりの天使像をいっそう鮮やかに描くことができるようになるでしょう。

   そうした絵と詩のコラボレーションは、ありのままのはかなくよるべない天使のイ

   メージにあふれ、隅々まで愛おしく感じられます。

   

   ところで、クレーはスイスに生まれ、両親は音楽家でした。クレー自身、子ども時代

   から音楽の天分も発揮していました。また幼い頃から絵を描くのが好きだった彼は、

   絵の手ほどきを母方のお祖母さんに受けたそうです。

   やがてクレーは、ドイツの美術系の大学に学びます。画家としても活躍し、第一次世

   界大戦後、ドイツに設立された総合造形専門学校「バウハウス」の教員として迎えられ

   たようです。 

   しかしヒトラー全盛時代に、クレーは前衛画家、抽象画家ということでナチスの迫害

   に遭い、弾圧を受けました。ヒトラー自身が画家志望だったからだそうです。そこで

   クレーは母国のスイスに亡命しましたが、生活は苦しく晩年には、彼自身が皮膚硬化

   症を患って、絵画創作に必要な手の自由を奪われてしまいました。

   そうした晩年の2年間に連作されたのが40作以上もの「天使」シリーズの絵だった

   といいます。

   

   天使のタイトルをもつ絵には、「ミスエンジェル」「鈴をつけた天使」「幼稚園の

   天使」「泣いている天使」「天使とプレゼント」その他、どこかユーモラスな作品も

   多くありますが、私には、この「忘れっぽい天使」のちょっと拗ねたような哀し気

   な表情が、うつろいやすい現世的な永遠を表現するようで、印象深く感じられます。
  

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