えほんのいずみ

絵本「てぶくろ」のあらすじや随想 ③

 この絵本について―2冊の『てぶくろ』を
          読みくらべる
                                                                         
                                                                              
ウクライナ民話 /ラチョーフ・シリーズ1
         
絵:エヴゲーニィ・ラチョーフ
       
訳:田中 潔
   
出版社:ネット武蔵野
                
発売日:2003年11月 3日
    
定価:1430円(本体1300円)

          
 はじめに


   この絵本は、当ブログでご紹介した1950年版『てぶくろ』の画家ラチョフ氏が、 

   1978年にモスクワで出版した『てぶくろ』です。本書では田中潔氏により画家名が 

   エヴゲーニイ・ラチョーフと訳されています。 

   初作の1950年版は、日本で1965年に福音館書店から出版され、子どもたちに愛され 

   続けてきたロングセラーですので、多くのみなさんがよくご存じの絵本でしょう。 

   しかし版を重ねて原画が傷んでしまったので、1978年にウクライナ民話集『麦の穂』 

   の挿し絵を依頼された際に、この『てぶくろ』も描かれたそうです。日本では2003年 

   に邦訳出版されました。

   初作とはずいぶん画風の違う絵本ですが、その変化については、「随想とまとめ」で触 

   れてみましょう。


 あらすじと随想


   同じウクライナ民話ですので、あらすじは1950年版とほぼ同じです。ただ翻訳者が違

   うので、登場人物の呼び名も少し違います。

   

   さて、ある雪の日、おじいさんは森で気づかずに手袋を片方落としてしまいました。
   
   すると、キーキーねずみが駆けてきて、手袋の中に住み始めました。次にピョンピョ
   
   ンがえるも来て、「手袋の家はだれの家?」と聞き、「わたしも入れて。」「どう
     
   ぞ、どうぞ」と一緒に住むことになりました。
   
   来訪者と先住者との問答は楽しく繰り返され、さらに早足うさぎ、きつねの姉さん、
   
   灰色おおかみ、牙いのしし、くまおやじが加わり、手袋の家の住人は全部で7ひきに

   なったのです。

   もう身動きがとれないほどぎゅうぎゅう詰め。それでも手袋の中は暖かそうだし、み

   んなが笑顔で楽しんでいる様子です。 

   ところが、その時、おじいさんが手袋を探しに戻ってきました。おじいさんの犬が先
 
   に手袋を見つけて、吠えたてたので、動物たちは一匹残らず逃げ・・・。

   
   

 随想とまとめ


   〇1950年版と1978年版の絵のちがいについて 

   下部に本書の登場人物を画像でご紹介しましょう。



<キーキーねずみ1978>




<きつねの姉さん1978>




<灰色おおかみ1978>




<くまおやじ1978>




<ピョンピョンがえる1978>




<早足うさぎ>




<牙いのしし1978>






1950年版『てぶくろ』最終場面




1978年版『てぶくろ』最終場面




   1950年版と1978年版の2冊を比べると、前者は黒い輪郭線のある写実的な絵ですが、
   
   後者はその輪郭線も消え、登場人物が全体的にデフォルメされデザイン化されていま 
    
   す。背景も1950年版は吹雪ですが、1978年版は積雪後の穏やかな景色です。です 
    
   から、色使いが明るく、動物たちの衣装も晴れ着のような華やかさがあります。 
      
   ネズミもソロチカを着ていますし、キツネは祝祭のような飾りを付けています。

   1950年版ではツギの当たったズボンを穿いていたオオカミも、1978年版ではピンク色 

   の暖かそうな上着を着て、豊かな生活を送っているように見えます。後者のクマの上着 

   からもゆとりある暮らしが窺えます。1978年版は画風が写実的ではないせいか、登場 

   人物の影が雪の上にありません。それだけに絵からも現実感が薄れ、むしろ楽しさが 

   漂っているかのようです。

   美術学校時代のラチョフは、写実を拒否する教育への不満から、退学するほどの写実

   派でしたから、1978年に対象を柔らかくデフォルメした画風で『てぶくろ』を描き
  
   上げた画境の変化は、いかなるものだったのでしょう。
      
   
   
   〇1978年版『てぶくろ』の画風が変化した理由を考える

   ラチョフのこうした画風の違いは、二作品を生みだした時代背景や政治的背景、美 
   
   術史的傾向の変化によるだろうと、田中友子氏がロシア児童文学・文化研究誌「カス
 
   チョ― ル」21号「E.ラチョーフ描くふたつの『てぶくろ』をめぐって」で論考して

   います。

   初作が1950年に出版された当時は、スターリンの独裁政治全盛で文化への弾圧も

   あり、時代そのものが疲弊していたようです。しかし1953年スターリンの死後、

   独裁政治批判が可能になり、自由化が進行したということ。

   1970年代には、民衆の伝統文化が再評価され、画家たちが民芸品を収集し、その

   装飾模様や色彩を取り入れたり、自作の構造も民衆芸術からの影響を受けたり

   したようです。

   1978年版では、ラチョフの絵にも、漫画的な動物の表情や姿、装飾的なデザイン

   に、変化の傾向が見られます。このような絵本には、読者のみなさんも、寒さか

   ら逃れる切迫した緊張感よりも、動物たちが一緒に手袋の家に入る楽しさを感じ 
 
   るのではないでしょうか。

   

   〇2冊の『てぶくろ』を読んでの感想と願い

   今年のゴールデンウイークに、小学3年生の孫息子ミッチ―と2冊の『てぶくろ』

   を読みました。

   「どっちの絵本が好き?」と聞いたところ、彼は「両方とも好き。でも、こっち

   (1978年版)の方が物語っぽいし、最後にみんなが手袋の家に入っているから、

   おもしろい!」と答えました。確かに1978年版のフィナーレは、クマも入り、動物 

   たちが一匹残らず手袋の中でニコニコしている絵です。(画像は上部にあります) 

   彼は、手袋の中にこんなに動物が入れるはずはないと不思議に思ったようでした。

   おとなになってから1950年版『てぶくろ』を読んだ感性豊かな友人は、おじいさん 

   の元に戻った手袋が、動物たちのぬくもりでどんなに暖かかっただろうかと、想像し
  
   たそうです。

   

   ラチョフは、第一次世界大戦、第二次ロシア革命、第二次世界大戦、少数民族強制移

   住という過酷な時代を、見て感じて生き抜いた画家でした。

   1978年版の『てぶくろ』が2003年に日本で出版された時、ラチョフ夫人は「どちら 

   の『てぶくろ』にもそれなりのよさがあり、日本のみなさんにその両方を読んでいた 

   だけることは、わたしにとって大きな喜びです。みなさんが明るい太陽の光に満ちた

   楽しいウクライナ民話を、いつまでも愛してくださるように望んでいます」と表紙カ

   バーで述べています。

   どうかロシアによる侵攻がストップし、ウクライナの皆さんが平和な祖国の家へ一日 

   も早く戻れるように祈ってやみません。 

   

   絵本『てぶくろ』に関する当ブログ①~③の執筆に当たっては、友人である「ロシア

   語・チェコ語・スロバキア語会議通訳 スラブモスト通訳翻訳サービス代表」伊川久

   美子さん、そのご友人である須山佐喜世さん、下村真由美さん、上野直子さんより貴

   重な情報をいただき、大変お世話になりました。記して感謝いたします。


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